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椿野恵里子さんインタビュー

そのままの姿を受け入れるーー

姿勢から見える自然への信頼と敬意

​聞き手・文 ヨリフネ・船寄真利

​編集協力 船寄洋之

——今回の個展は安部さんの作品と、安部さんの妻であり植物専門のフォトグラファーの椿野恵里子さんがセレクトした花を組み合わせて展示する予定です。ということで、ここから後半は椿野さんにもお話を伺います。

 

椿野:よろしくお願いします。

——椿野さんは単に植物を専門に撮るだけではなく、季節の植物を束ねた「草木束」にカレンダーや葉書、庭の野草茶などを添えて届ける「花と果実便」や暮らしの中で植物を生かす方法を伝える「草花の会」を開催されるなど、フォトグラファーという名前一言では表しきれない他にない存在だといえます。扱う植物もご自身の庭や山の草花であり、「スタジオなどで整えて撮る写真ではなく、普段の生活の中の切り取りでありたい」と話してくださったのが印象的だったのですが、そう思うようになったのは何かきっかけがあるのでしょうか?

椿野きっかけというより、その価値観はもともと自分の中にあったものだと思います。ただ明確には気付いていなくて、その部分を表現出来ればいちばん自分が嬉しくなるという自覚がなかっただけですね。元々子供の頃から植物が好きで、ずっと植物に関わる仕事がしたいと思っていました。今の形にたどり着くまでにいろんなことを試しましたが、決定的に他と違うなって感じたのは、花の学校に入ってお花を学んだことが大きかったですね。

——何があったのでしょう。

椿野当時は花の検定を受けるための試験対策の学校が大半でした。そもそもそこに違和感を感じていたので、その検定を実施しない学校を見つけ「ここだ!」と思って入ったんですけど、基本のフラワーアレンジの型を学べば学ぶほど「これって綺麗なのかな」って疑問に感じるようになりました。ある授業で、自分で課題を決めてタイトルをつけ、出品するという授業があり、「人と違うことをやらないといけない」って空気になっていることに気付いて。そうなると今目の前にあるこの花が綺麗かどうかからどんどん離れていって、ただ奇抜なアイデアの作品になってしまう。花はそのための道具にしかすぎなくて、これは果たして私のやりたいことなのかと疑問に感じるようになりました。

——ご自身の気持ちに気付き始めたんですね。 

椿野学校は最後まで行きましたが、そこで生じた疑問はずっと心にありました。そして、疑問を感じ出したあたりから写真を撮るようになりました。完成した課題を写真で記録することから始めたのですが、自分で作った花を見た時に「綺麗なものができたな」って思っても、写真で撮​ったものを見返したら、全然違うことに気付いたんです。目で見た風に映らない。じゃあ、どうすれば目で見て「綺麗だな」と感じた花の美しさと同じような写真を撮れるのかってすごく考えました。

 

——植物が持つ自然な美しさをそのまま写真に残したい。それらが大きなテーマということですね。

 

椿野:そう。そこから何かしら植物に関連した興味のある仕事にいろいろと挑戦しながら、経験を積み重ねて今の形に至ります。

 

普段、私は植物を撮っていますが、写真にはそのときの空気が写ると思っています。気持ちや感情が写真に表れるというか。その空気を撮っていると思う時もたくさんあって、彼とやっていることは違うけど、表現していることは似ている気がします。デジタルではなくフィルムで撮っているのも「いつでも安定的に撮れない」という事に魅力を感じているから。うまく撮れない、ということもいいなと思っているんですね。天気が悪くて暗い日は撮影に向いてないけど、そんな日はその空や光を見ていたい。そういう日々の流れを感じながら、自分が自然に合わせて生きていくっていうのが楽しいなって。それは自分たちが自然と一緒に生きているんだと感じることでもあります。地球の上には人間だけじゃなくて植物も一緒に生きている。自然のど真ん中に住んでいるわけじゃないですけど、街の中に暮らしていたとしても、自分の意識をそちらへ向けるだけで、そういう気持ちになれると思っています。

—椿野さんの価値観がよく分かって嬉しいです。今回は椿野さんが選んだ植物と共に在ることでより安部さんの器とはどういうものか、というのがより伝わるのではないかと思っています。椿野さんの植物と安部さんの作品は切っても切り離せない存在かなと思っているのですが、どうでしょうか。

 

安部:僕の器の背景が伝わるのはもちろんなんだけど、切っても切り離せないというのは少し違うかな。 僕と彼女の表現したいことは別もので、彼女は彼女で自身を深めるという作業をしています。椿野恵里子の植物の表現があって、僕の表現は作品としてある、という風に今は考え方が変わってきた気がします。僕は僕の足で立つ努力をしないといけないし、彼女は彼女の足で立たないといけない。それはみんなに言えることなんだけど、精神状態を人に依存しているところからはちゃんと抜けて、自分の人生を自分で立つということを基礎にして関係を持つ。だからこそ、調和の点を見つけられるんだと考えています。

椿野:お互いに尊重しあえてるから、植物に関して彼は何も言いません。「こういう風にしたい」とか「こうして欲しい」というイメージの共有はほとんどしないんです。お互いができたものをそのまま「受け入れる」という感覚ですね。私は元々「こういう風に花をいけよう」というイメージを持ちません。それは幼い頃から築いてきた植物への信頼が根底にあるからこそ。すでにそのままの姿で植物たちはじゅうぶんに私たちに答えてくれているので、それ以上に求める必要がないと感じます。自然が相手なので、自分が思っている花がそのタイミングで咲くわけはありませんよね。私は今ある姿をすべて受け入れ、そこから選択をするだけです。そうやって出来上がったものを受け入れ、毎回「こんな景色に出会えた」と喜び、楽しんでいます。今日いけたものは、色んなタイミングが全て重なって出来た二度と出来ない組み合わせなんですよね。それが目の前にあることがただただ嬉しい。

見せ方っていうのは本当に色々あって、どれも正解だと思います。いろんな選択肢がある中で、今見せたい世界観がいちばん伝わるのが作品の背景が伝わるような表現で、それがお互い「日常」であり、普段の生活の中にあるアトリエに植わっている自然のままの植物と花器を組み合わせることなんです。

——お二人の日常の景色を楽しみにしています。

椿野:植物が持つ空気感と器の出す空気感がうまく混ざり合って、調和してると感じる瞬間があるんです。草花が生き生きとして、その時にしか出来ない空気感を感じて欲しい。自然の中の植物を見た時に「素敵だな」って感じる瞬間と同じ表現が出来ていたら嬉しいです。

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​​安部太一 個展

2023年 10月8日(日)〜 10月12日(木)

12:00-17:00

会期中無休

 

会場:器とギャラリー・ヨリフネ

神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101

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