大谷哲也さんインタビュー 

 

僕の感じたもの全てがここに含まれている——

あらゆる循環が生み出す普遍的な器 

 

【前編】

​聞き手 ヨリフネ・船寄真利

「僕にとって器作りは、息を吸ってはき出すくらい当たり前のことで、大谷哲也という人間が朝起きて一日生活をしていれば器ができる」

 

「だからこそ、自分が吸い込む空気を常に質の高いものにしておく努力をしている。そうじゃないと器に表れてしまうから」

 

これは以前、大谷さんが話してくれた言葉。それを聞いて私は、とても感動したことを覚えています。

 

空気が循環するように作られる美しい器には、どんな意識が隠れているのか。その内側に潜む魅力についてお話を伺いました。

 

 

取材・文・編集:船寄洋之

写真:Maya Matsuura

僕は“なんちゃって陶芸家”

——以前、大谷さんは、妻の桃子さんが陶芸家だったから自分も陶芸家になったと話されていていましたよね。

大谷:それは半分冗談なんだけどね(笑)。僕が大学を卒業してふらふらしていたら、大学の先生が焼き物の街・滋賀県信楽町にある窯業試験場の職員の仕事があると伝えてくれたんです。公務員試験に受かってそこで働くことになり、デザイン科で教えていました。当時はそんなに陶芸に興味がなかったから「いずれはそこを辞めるんだろうな」と思っていたけど、少しずつその魅力に引き込まれていったし、桃子の両親もそうだけど、その試験場で出会った陶芸を生業に暮らしている人たちを知れば知るほど、その生活がだんだん羨ましくなってきてね。

信楽みたいな田舎で好きな仕事をして、それが終わったら畑で野菜を作ったり、子どもと一緒に過ごしたりして、そんなゆったりとした生活に憧れたんじゃないかな。でも、本当はどんな仕事でもよかったのかもしれない。試験場の職員をするうちに、「陶器屋さんならやっていけそうかなぁ」と思って始めたくらいなので(笑)。そんな感じだったから陶芸を始めた頃は、なんとなく自分の感覚でやっていたけど、ある程度やっていくと試験場に勤めた経験や、そこから得た知識や技術や人脈などが、陶芸をやる上ですごく大切だったことに気が付きました。主流から外れるためには、まず主流を知らなきゃいけないんだと後々実感しましたね。

 

——わりと、ふわっとした理由で陶芸家になったんですね(笑)。大谷さんは「俺は“なんちゃって陶芸家”になりたい」とも言われていて、とてもビックリしました。その真意を教えていただけますか。

 

大谷:なりたいっていうか、すでに“なんちゃって陶芸家”だけどね(笑)。自分はそんなに“焼き物バカ”じゃないと思うし、作る器はマニアックな焼き物でもないから、「陶芸家?」「いや、そんな大げさなものじゃないから」とサラッと流したいくらい。僕は“なんちゃって”を置き換え可能な言葉として使っているんです。読み手が何かに置き換えてくれたら、それが僕に対する評価になるんじゃないかってね。使い手や、時代に対して限定的な自分のポジションをはぐらかすことで、僕は「陶芸家」と明言したくないと思っています。

 

普遍的な器を追い求めている

——大谷さんの器はシンプルでさまざまな要素を取り除いているはずなのに、どこにもない器だと感じるところが面白いと思っています。それは加飾や色で個性を出すことよりも難しく、誰でもたどり着けるわけではないポイントだと思っているのですが、特にどんなことを意識して作品を制作されていますか。

 

大谷:美しいものを作るように心がけていますが、器は料理を盛り付けて完成するくらいに考えて、余白を大事にしています。さらに、そういった理由を大きな枠で捉えて、大げさかもしれないけど、僕は「普遍性」をテーマに制作してるんです。

 

——普遍性、ですか?

 

大谷:そう。僕は大学でデザインを勉強している頃から、ずっと「ものにとっての普遍性とは何だろう?」と考えていて、それが器の制作に大きな影響を与えていると思います。

 

——どんな影響があり、今の大谷さんの器になっていったのでしょうか。

 

大谷:それを伝えるには少し器の歴史を振り返る必要があるんだけど、そもそも人間が手にした最初の器は、木の葉や実、貝殻、あるいは人間の手のひらそのものだったと思うんです。その後、新たな道具や知識を手にしたり、その土地の風土や食文化、身分や習慣に応じたりしながら器を作り継承し続け、これらの多種多様な様式が混じり合い、融合しながらゆっくりと新しい文化を形成した。

しかし、この100年間でそのスピードは飛躍的に早くなり、生活のスタイルも目まぐるしいスピードで変化してしまいました。これまでの作り手が地場産業や伝統工芸として脈々と作り続けてきた器はその流れについて行けず、生活スタイルとの間に少しずつズレが生じ始めてしまったんです。それまでいいとされて作られた器がどんどん魅力のないものになっていき、一方で無印良品の器などの工業製品が主流になっていったことも、そういう流れからだと思います。

 

——伝統と時代がうまく重ならなくなったわけですね。

大谷:一例を挙げると、食洗機で洗える器が求められるようになったこと。食洗機で洗うと水がたまってしまうから高台(器の底に付けられた台)はなくてもいいかもしれません。高台は装飾にもなりますし、器の製作工程で色々な役目を果たします。特に焼成工程には窯詰効率化に重要な役目を果たしたわけですが、近代化して高台がなくても器が効率よく作れるようになり、加えて食洗機の登場など生活スタイルの変化によって「高台っていらないよね」というように器のかたちも変わってきました。

——時代と共に器のデザインや機能が見直されていったと。

大谷:1980年代は世界中でポストモダンが流行し、バブル期絶頂はとにかく何でもゴージャスに付け加えるような流れがありました。でも、バブルが弾けたと同時にそれが一気に萎んでいき、僕らはそのどんどん足していく作業に何の価値も持てなくなっていったんです。

 

派手な時代が過ぎさって、次第に「身の丈にあった、今の暮らしにあったものを使いたい」と思うようになりました。これが、今僕が作っている器のコンセプトの原点なんです。僕はそういう先人たちがこれまでに作ってきた器に、さらに何かを付け加えて今の生活にあったものにするのではなく、器にくっついた色や形、民族性などの情報を整理して、不必要なものを丁寧に取り去ることによって、今の生活にあったものが作れるのではないかと考えるようになった。そして、そうやって引き算をしていくうちに、器の真ん中に残った普遍的なものに出会えるのでは、と思うようになりました。

——その思いが今の器に反映されているんですね。

大谷:でも、海外で展覧会をすると、僕の器は色々と引き算されていて、ワビ・サビ感も全くないし、今の生活スタイルに合わせて無国籍にしたつもりだったんだけど、「すごく日本っぽいね」って言われるけどね(笑)。その時、僕の器には日本人の精神美学だけではなくて、僕らが生きていく中で自然に染みついているものが反映されているんだと気付きました。例えば、同じカメラで同じ対象物を撮影するにしても、日本人とアメリカ人では撮る視点が異なる。それはその国の空の広さとか、川の幅とか、建物のスケール感とか、そういったことが無意識ににじみ出るんだなって実感しましたね。

 

器に育てられ、操られる感覚

——自分が生み出した作品を誰かに届ける。それを大谷さんはどう捉えていますか?

大谷:これだけものが溢れる時代だからこそ、単純にものを売るだけでは無意味だと感じています。もちろん、見た目が気に入って買うことも大切だけど、この器はどんな作家が、どんな意思を持って作っているのか。そういった、ものに込められたストーリーを僕は伝えたい。例えば、僕が毎日コンビニ弁当を食べているような生活をしているとしたら、僕の器を欲しくなくなるでしょう? 見た目は同じでもそこにはなんの哲学もないと思うから。

 

——私もそう思います。店頭でも大谷さんの器に限らず、見た目でだけでは作品のストーリーは伝えらないけど、「この作品はこういう経緯で、こういう意図があり、こういう考えを持って作られたものだ」と手に取る人に知ってもらいたい。それが「この器が私の暮らしや感性に合っている」と気付かせてくれる大きな要素にもなるので、とっても大切なことですよね。

大谷:確かにね。

——私は無駄な消費っていらないと思うんです。ものが溢れる時代に、どんな基準でものを選ぶのか。その後押しをすることが店の役割じゃないかと感じます。最近、私の仕事って最後まで添い遂げるカップルをお世話するような「お見合いおばさん」みたいだな、と思うんです(笑)。だから器を選ぶ人にちゃんとメリットとデメリットを伝えて、その人の暮らしや価値観に合わなければ、あえて勧めなくていい。私はそういう、嘘のない販売をしていきたいと思っています。もちろん大谷さんの器も。

大谷:僕の器は並べると統一感があるせいなのか、工業製品に間違えられることもあって、なんだか嘘っぽく見えるんだけどね(笑)。しかも「大谷さんって機能的な家に住んで、ミニマリストで、ご飯は宇宙食みたいな栄養食で…」みたいなイメージがあるみたいで。

でも、実際はこうやって山奥の家で、いろんな手作りのものに囲まれて暮らしているんだよね。そんな生活だから、もっとナチュラルで手のぬくもりを感じられる器ができてもよさそうだけど、なぜかこういった器しか生まれてこない。でも、僕の感じたものが全てここに含まれていると思っているんです。

——大谷さんは「住まいや食事など、生活の質によって培われた美意識が作品に出る」とも言われていますよね。

大谷:自分の生活はもちろん、僕の器を使ってくれるお客さんやギャラリーによって、僕の器が育っていると感じます。この数年、レストランの器を作る仕事が楽しくて積極的に取り組んでいるんだけど、シェフたちの料理に取り組む姿勢や、休みごとに生産者を訪ねる様子に刺激を受けています。あるシェフは自身で野菜を育てていますし、地方のレストランは地域に根ざした料理は何なのかを真剣に考えていることを知りました。そんな彼らに器を選んでもらえていることをとても誇らしく思っています。同じ器を提供しても、みんな違う使い方をしている。食べに行き、彼らと話をするたびにとても勉強になるんです。

しかも自分の器を評価してくれる人の所に行くわけだから、その人たちが感じていることを取り込むことによって自分を成長させてくれる。反対に「器に自分の人格が操られているんじゃないか」って思う時もあるくらい。そういういろんな要素がスパイラルのようにグルグル絡み合って、僕の器が日々生まれていますね。

 

大谷哲也

 

1971 神戸市生まれ

1995 京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科 意匠コース卒業 

1996 滋賀県窯業技術試験場勤務(〜2008) 

        滋賀県甲賀市信楽町に大谷製陶所設立

大谷製陶所

https://www.ootanis.com

 

写真:ヨリフネ

​​大谷哲也 個展

2020年 4月25日(土)〜 5月3日(日)

 

※延期になりました

 

会場:器とギャラリー・ヨリフネ

神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101

振替日程などが決まり次第、

下記「展示会詳細」ページにてお知らせいたします。

展示会詳細はこちら

器とギャラリー・ヨリフネ

横浜市神奈川区松本町3-22-2 ザ・ナカヤ101
Open : 12:00 - 18:00
Close : tue , wed
その他不定休有り

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