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現代を生きる漆器

今こそ手に取りたい、杉田明彦さんの器

ヨリフネ 船寄真利

漆器は敷居が高くて特別なもの、そんな印象を持つ人も多いかと思う。器を販売する私も数年前までは同じような印象で、漆器は価格も高く手に取ることがなかった。

 

6年前、Oubaiという屋号で漆器ばかりを扱う古物商の友人——とにかく漆への愛がものすごい——に出会った。彼女から漆の話を聞いたり一緒にイベントをしたりするうちに、じわじわと「漆器もいいかもしれない」と思いだした。しかし、1万円を超える値段を出してまで使いたいと思わせる魅力的な漆器にはなかなか出会わず、まずは千円前後の古い手頃なお椀を買って楽しんでいた。

 

そんな時に出会ったひとつの器。それが、杉田明彦さんの漆器だった。

 

その漆器は純粋に格好よかった。漆器であるとか、陶器であるとか、そんな境界線を超えてシンプルに魅力的だと思わせてしまう力がある。特に杉田さんのスレート皿は波打ったような表情が特徴で「これって漆なの?」と驚く人も多い。それほど、杉田さんの作品は一般的な漆器の印象を裏切ってくれる。

杉田さんの漆器に出会わなければ、私は今でもなんとなく選んだお椀を使っていたかもしれない。

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杉田さんのスレート皿

昨年、杉田さんに会うため金沢に向かった。

 

古い日本家屋にお邪魔すると、建築関連の本やオブジェが無造作に置かれている。漆で描かれた絵画(平面作品)なども見つけ、新しさと古さが入り混じった空間が広がっていた。

 

それは杉田さん自身にも言えることだと思えた。師である塗師の赤木明登さんはどちらかというと個を消し、昔の器に習うことを心がけている反面、杉田さんの器は古物にはない形や色も取り入れ、新しい漆器という印象だ。この空間は師から学んだ伝統を土台に持ちながら、現代に向けての器を作られている杉田さんそのものを表しているように感じた。 

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杉田さんの工房に置かれたオブジェ

杉田さんは面白い経歴の持ち主で、以前は役者をしていたこともあるという。ある日、蕎麦屋で漆器と出会い、それがきっかけで作り手になったと伺った。そんな杉田さんの手から生まれる漆器は、「漆器とは」という型にはまりすぎていないところが個性であり魅力だと感じる。

「昔は自然光やろうそくの灯りでご飯を食べていて、微弱な灯りだからこそ漆器の輝きがマッチしていたんだと思う。でも今は電灯の光でいつも明るいから、漆器がピカピカと輝いているとそれだけ浮いた存在のように感じることもある。他にも、昔はお膳台やちゃぶ台など低い位置でご飯を食べていたけど、今は机と椅子に変わって、食卓を囲む位置や目線が高くなっている。だから、昔みたいに高台が高くない漆器があっても良いんじゃないかと思うんです」

 

そう語る杉田さんの漆器は、マットな鈍い艶を放ち、磨き跡が残る。中には高台の低いお椀(筒型椀)もある。単に「格好よい」ととらえていた質感やデザインは、今の生活環境を加味した上でかたちになったものだった。杉田さんの話を聞いていると、漆器は生活の中でずっと使われてきた日常使いの器であり、私たち日本人にとって決して敷居が高くないものだったことを実感する。

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スイスでの滞在を経て「黒と朱の中間色が欲しい」と感じ、新しい「朱」を作ったことも伺った。作品の中にはパン皿など洋食をイメージした器もある。伝統にとらわれずに広い視野で漆を扱う姿を知った。

 

伝統を守ることは大事だけれども、それに固執し過ぎて時代から淘汰される例もたくさんあるから、特に器のような日々の生活で使用される道具にとって、時代に寄り添うことは重要な要素の一つだと思う。杉田さんの漆器はまさに今、現代で生きる私たちのための道具なんだと感じさせてくれる。

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スイスの滞在を経て生まれた新しい「朱」(左)

「敷居が高い」「特別なもの」という印象を振り払い、「この漆器だったら使いたい」と思わせるほどの魅力は、杉田さんの制作の背景にそういった目線があり、現代の生活を営む私たちにとって共感する部分がたくさんあるからなんだと、話せば話すほど実感した。


 

杉田さんの工房では、制作途中の作品も見ることができた。ものにもよるが、なんと12~13回も漆を塗り重ねることもあると知った。お椀はその前に縁の部分、底の部分に布を着せ、日々の使用に耐えられるよう強度を上げている。

 

そんな気の遠くなるような行程を経てできあがった漆器は、軽くて使いやすい上に、塗り直しなどのメンテナンスも可能で長く使える。知らなかったこれらのたくさんの工程や長所を知ると、漆器の価格はむしろ安いとさえ思えてくる。 

 

塗りの跡を残した杉田さんの漆器の表情は多少の傷も気にならないところも嬉しい。「それも気にせず楽しんでほしい」と話していただいたので、多少大雑把な性格の私でもチャレンジできるかな、と気持ちが軽くなった。

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工房を拝見した後は楽しくお酒を呑みながら、漆とは関係ない話もたくさんさせていただいた。映画にとっても詳しくて、特に映画監督のアキ・カウリスマキやデヴィッド・リンチが好きだと教えてくれた。

 

次から次へと湧き出る知識や、どんな話でも打ち返してくれる引き出しの多さに「格好よい大人だな」と感じた。実際にお会いしたことによって、この手からあの漆器が生まれてくることに納得した。金沢に来てよかった、と思った。

 

後日、お礼のメールを送ると、画面からはみ出るほどびっしり書かれたオススメの映画リストが返ってきた。実はあれから一作品だけ観て、それっきりになっていたことに気付いた。家で過ごす時間が多い今、改めて映画をゆっくり観てみようと思う。

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杉田明彦

 

1978 東京都文京区生まれ

2007 赤木明登氏に師事

2013 独立

2014 金沢に工房を移す

杉田明彦

http://sugitaakihiko.com/all/

杉田さんの作品はこちらからご覧いただけます。

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