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安部太一さんインタビュー

まず目指すのは、心地よい生き方―

美しい器は“いい仕事”から生まれる

​聞き手・文 ヨリフネ・船寄真利

安部太一さんの展示を開催したかった理由はふたつある。ひとつは器の使い心地。佇まいがすごく美しいのに料理の邪魔をしない。これは“食べること”を重視する私の絶対条件で、安部さんの器は我が家の食卓に並ぶ回数がとても多い。

 

もうひとつは安部さんの人柄と姿勢。店を始める前からその名前を知っていて、当時の私からすると憧れの存在だった。あるイベントでお会いしたことがきっかけで、そこからアトリエに伺ったりするようになったのだが、現状に満足することなく自分の作品や仕事と向き合いながら、自問自答をし続けている作り手という印象が強かった。そんな姿勢が好きだなと思った。

 

だから私は安部さんが作るものを信頼している。自信を持ってお勧めできるから、いつか自分の手で紹介させて欲しいという思いがずっとあった。今回、念願叶って個展をさせていただくにあたり、あらためてお話を伺った。仕事と向き合う姿勢は今も変わらないが、以前に話されていた自分への問いかけの答えが見つかったようで、清々しい顔をして穏やかに話す様子が印象的だった。

 

編集:船寄洋之

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ヨリフネ・船寄所有の安部太一の器

美しいものは、作るのではなく生まれる

——以前、私は安部さんの器の特徴を「美しいのに器だけが主張するわけではなく、料理も綺麗に映える」とお伝えしたら、安部さんは「そこを意識して作っているわけではない」と話されて。私が思っていたことと、安部さんが目指しているものが違ったのがすごく印象的でした。安部さんは何を意識して自身の器を制作されているのでしょうか。

安部:僕は自分の中にいわゆる理想的なビジュアルやイメージというのは、実はあまり持っていなくて、作るという行為そのものが好きなんです。そして作った器がお茶の道具として使われたり美術館に飾られたりするのではなく、普通の生活の中にあれば良いなと思っています。自分が背伸びしたところに落とし込むのではなく、普通の人が普通に暮らす中で取り込めるようにしたい。だから「美しいものを作られますね」と言われること自体はとても嬉しいのだけれど、僕の理想は美しいものを作り出すことではないような気がしています。

 

——それでは安部さんの理想の作品とはどんなものなんでしょう?

 

安部:形としての理想はないですね。美しいものが生まれることは結果であって、僕の制作の理想は「いい仕事ができた時」かな。

——いい仕事ですか?

安部例えばいい集中力でろくろがひけた時や、窯から出てきた作品の釉薬の溶け具合が最高だった時に充実感を感じる。そういうものが僕にとっての「いい仕事」ですね。具体的に言うとそういうことだけど、もっと概念的に言うと“最初から最後まで気持ちがいい具合に持続した時”が「いい仕事」なんです。

 

ただ、それは実際に仕事場で手を動かしている時間だけとは限らない。例えば個展に向けて制作している期間は、器を作る時間以外にもありますよね。家で家族と過ごしたり、食事をしたり、ゆっくり寝たり。寝不足だと体がつらくて良い動きができないし、ストレスが溜まると作ること自体が楽しくなくなる。全てがいい空気で過ごせる時間の中に、いい仕事があると考えています。

——私も良い流れでやるべきことがサクサクとこなせた時は心が充実していると感じます。そんな気持ちいい空気で過ごせる時間を保つことが、安部さんにとっての「いい仕事」に繋がり、それは制作だけではなくて、生活も含めてひとつの大きな輪になっているということですね。

安部:そうならないと結果的にみなさんが「美しい」と言ってくれるような作品は作り続けられません。例えば同じフォルムのマグカップを作っているつもりでも、精神状態が良い時と悪い時では判断が違ってくるので、自分の具合が悪いとマグカップも具合の悪い形になるんですよね。でも作っている瞬間にはそれが分からない。

——感覚が鈍って、正しい判断が出来なくなっている状態ということですか。

安部:そうです。何カ月、何年と時間が経って作品を見返すと、その時の精神状態がわかるんです。これまで10年くらい陶芸をやってきましたけど、いちばん大きく作品に変化が現れたのは東日本大震災の時でした。実際に被災したわけではないけれど、震災後は花器の土台が不自然に大きくなっていて。無意識に安定をさせようとしていたんだと思います。でもその頃はそれが正しいバランスだと思って一生懸命に作っていた。それくらい精神状態が物事に影響を与えているんですね。作り手という仕事は、機械で量産するようなものではなく、心のありように影響を受けながら制作することなんだなとハッとしました。だから、まずは正しい判断ができるよう自分の感性を整えておくことが自分の基盤になるのではないかと思うようになりました。

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​自分の感性を通して生まれたものは、全て自分

——先ほど「心のありよう」というキーワードで思い出したのですが、数年前に安部さんと、オブジェのようにアート的なものと、器など道具として使うものの境目についての会話になり、安部さんは「これからどちらの方向を目指すべきか」と思いを巡らせていらっしゃいました。仕事や作品と向き合う中で様々な葛藤が出てきた時期だったと思うのですが、今日お話を伺っていくとその答えがご自身の中で見つかったのかなと感じました。その点についてはいかがでしょうか。

 

安部:アートなのか道具なのか。それについては、自分で落とし所を決める必要はないと考えるようになりました。自分で自分の立ち位置を決めるところから物事がスタートすると、物凄い束縛が生まれてしまう。島根で陶芸をやっているので、土地柄なのか「民芸ですよね?」と言われることもあるし、「青い器を作る人」というイメージも強かったから、「自分はどの方向を向いて何のジャンルで進むべきなのか」と思いを巡らせた時もありますが、今は人がどういう風に僕の作品をジャンル分けをしようとも、生み出した作品は全てが自分であることには変わらないと思うようになりました。

 

——全て安部さんの手から生まれてきたものだから、ですか。

 

安部僕の感性を通して生まれたものは、全部自分。そこを出発点にすると、ものすごく自由になりました。それまでは枠組みに自分を当てはめることを出発点にしていたから、すごく視野が狭くなっていたんですね。例えば船寄さんが器を売るお店の人だから、器しか販売してはいけないなんてことはないでしょう。何かにとらわれることなく自分がいいなと思うこと全てに挑戦していけば、その分いろんな可能性が生まれるわけですよね。今の時代は物事を柔軟に考えれば、その分だけ新しくてポジティブな環境が広がっていくように思います。

 

考え方は人それぞれかもしれないけれど、僕はそういった環境の中で「もっと自由でいいんじゃないかな」と思うようになりました。極端だけど陶芸家が音楽をやるかもしれないし、それはそれでいいと思う。カテゴリーやジャンル、イメージなど自分を縛り付けていたものをひとつひとつ解き放ち、自分の感性を自由にしていくと、すごく楽しくなっていく。芯をしっかり持ち、その部分だけは大事にしておきながらも、自分を縛るものはどんどん外していって自由になるのがいいと思います。お店の方も絶対そうです。

——同感です。実は私も自分の芯の部分さえブレなければお店をしなくてもいいなって思っています。私はたまたまずっと小売業界にいて、やりたいことや伝えたい思いを表すツールが販売だっただけなので、それを他の方法で表すことが出来るのであれば、別にお店じゃなくても良いんです。こうやってお話を聞かせていただいて記事を書いているのもその芯からは外れていないことだし、もしこれで生計を立てて行けるのであれば全然それでいいなと思います。その芯は変わらないと思っているので。

安部:すごくわかります、僕の言いたいこともそういうことなんです。だから僕も、実は陶芸家じゃなくてもいいのかもしれないね。

——どんなことをされるんでしょう。安部さんのこれからの縛られない、自由な表現を楽しみにしています。

大きく前に進まれた安部さんが見つけたものは、様々な社会の束縛を取り払い、心穏やかな環境を持続させながらシンプルに生きるということだった。当たり前のことのようでこれが出来ない人は今も沢山いるように思う。器に興味のある方だけではなく、ひとりの人間の生き方、人生についてのヒントとして様々な方に読んでいただきたいなと思う。

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安部さんプロフィール画像.jpg

​安部太一

 

安部宏に師事
2010年独立
現在は島根県松江市にて制作
陶芸、音楽、合気道
 
人が心のなかに持つ
それぞれの情感に優しく響くような空気感を持たせたい
そこに意識を置いて
深めていきたいと思います

​Instagram https://www.instagram.com/taichiabe_potter/

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​​安部太一 個展

2021年 3月12日(金)〜 3月13日(土)

12:00-18:00

12日(金)終日

13日(土)12:00-14:00

予約優先制

3月16日(火)13:00-

​通販受付

 

会場:器とギャラリー・ヨリフネ

神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101

展示会詳細はこちら

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