
小林希さんインタビュー
「ガラスでしか見れない景色がある」
二人だからこそ出来た生活に沿う道具たち
聞き手・文 ヨリフネ・船寄真利
ヨリフネで初めての展示となる小林裕之・希さん。ご夫婦で協力しながら型吹きのガラスを制作されています。以前はガラスを扱いながらも、それぞれ全く違う作風だったそうで、実は今の作風になったのはつい6年前のこと。なぜ別々の作品を作られていた二人が一緒に制作するようになり、どのように今のスタイルに至ったのかなど詳しくお話を伺いました。
編集:船寄洋之

新たな作品に感じた大きな広がり
——そもそもご夫婦で一緒に制作する今のスタイルになったきっかけは何だったんでしょうか。
小林:もともと不透明なガラスを使ってそれぞれが別のものを作っていたのですが、それを十数年続けた頃に作品の行き詰まり感や、広がりのなさを感じていました。一つのガラスに対して多くの時間をかけて作るのですが、それを手に取っていただけるのはコアな方のみというか、少数の方だけで。
——以前は道具というより作品に近い感じだったとお話されていましたよね。
小林:そうですね。当時、二人で骨董屋巡りをしていたら、お互いすごく惹かれるアンティークの瓶に出会いました。フランスかどこかで作られた瓶で、少し曲がっていたりするんですけど「なんかいいね」って気に入って。おそらくプロダクトとして工場で作られたけど、規格外ではじかれてしまったようなものだと思います。それを前にして、本当はこういうガラスを自分たちは作りたかったんじゃないかなって話をしたんです。その出会いをきっかけに、一度二人で一緒にこういうものを作ってみようかとなったことが始まりですね。
——今までの個人の制作はどうされたんですか。また別のラインで新しいものを作られるということでしょうか。
小林:はじめはそのつもりでした。それぞれの作家活動に加えて、プロダクトラインで簡単に作れるものといった感覚で始めたんです。でもやってみたら思いのほか大変で、簡単にはいきませんでしたけどね(笑)。その作品をヨリフネさんに見つけてもらい店頭に出してもらうと、手に取ってくださった方たちが日常で使っている様子をインスタグラムに載せてくれたりして、今までにない広がりを感じました。それがうれしくて「次はこんなものはどうだろう」と提案したくなり、現在の作品の制作を広げていったんです。

——それまでの作風から大きく方向転換をすることになったと思うのですが、そこに葛藤はなかったですか。
小林:あまりなかったですね。新しい制作は今までと違う工程も多く、修行のようにひたすら作って試してを繰り返し、気がついたらのめり込んでいました。どんどん面白くなり、結果こちら一本になっていたんです。以前の作風はたまに技術を取り入れるのみで、それもガラスの様々な表情を見せることだけに使うくらいに留めています。
その頃は子供がまだ小さかったので、1点の制作に長く時間をかけるような製法より、リズムに乗って手早く仕上げていくような型吹きの製法の方が生活リズムにも自分たちの性格にも合ってやりやすかったんです。それに、二人で作ることはプラスの面がたくさんあることに気付きました。
——それはどういう点でしょうか。
小林:まず、失敗することが減りましたね。例えば、片口をそれぞれで作っていた時は5個作ってようやく納得いくものが1個出来るような割合で失敗する数があまりに多かったんです。きれいにできたと思っても液だれするとか注ぎづらいとか、道具として使うには許せないものが結構ありました。でも二人になるとお互いが別の角度でチェックしながら作れるので成功率がグンと上がり、形も美しく使いやすいものができる様になりました。他のアイテムに関しても同じことがいえます。

また、二人で話し合った方が使うシーンやサイズ感など、使う上でよりリアルなものが出来やすいように感じています。今までは自分の内にあるものをそのまま好き勝手に制作していたので、独りよがりであまり使い手のことを考えれていませんでしたが、二人で作るようになってそのことに気付けて、自分たちのガラスの先にある人や生活に寄り添う物作りをしたいと思えるようになりました。ガラスを通して新たに人と知り合い、たくさんの刺激をもらえることが楽しく、使ってくださる方がいることで繋がれる喜びを感じながら制作しています。
——たくさんの刺激は物作りにも反映されるかと思いますが、なにか影響はありましたか。
小林:私たちは会話や印象からイメージが浮かんで、そこから新しいものが生まれることが多いんです。例えばお茶の先生からお茶の背景や飲み方などを伺った時に、自分の頭の中で想像したイメージを持ち帰って二人で話し合いながら、それをかたちにしていきます。今回のヨリフネさんのようにギャラリーで私たちの展示をする場合は、事前に店主さんとお話しをして何となくのイメージを持ち帰り、それを膨らませながら新作を作ることも多いです。ギャラリーとのやり取りは私が担当していますが、そこで起きたことや話したことは全て夫に共有しています。家ではふたりでずっと喋ってますからね。
——仲良く会話されている様子が想像できます。
小林:実は学生時代に学校でペアを組まされたことがきっかけで、そこからずっと二人で制作をしてきたんです。多分お互いが夫と妻というよりは親友のようにも思っている気がします。
——だからこそ息ぴったりに制作が出来るのかもしれませんね。
小林:あと、二人で一緒に作ることで喧嘩もなくなりました。それぞれ個々で作っていた時の方が自分の制作のことを優先的に考えてしまっていたので、今の方が良い関係でやれていると思いますよ。

ガラスでしか見ることの出来ない景色がある
——先日お話させていただいた時に「あらためてガラスという素材を扱っていてよかった」と話してくださいましたよね。なぜ今そう思うのでしょうか。
小林:窯を作って今年で22年が経ちますが、振り返ると最初は難しい技術を使うことばかり気にしていたように思います。その頃はガラスにない不透明さに惹かれて作品を作っていたのですが、だからこそ作風的にガラスより陶芸の方が表現しやすいのではないかと思うこともありました。陶芸の表現をうらやましく感じるところが心のどこかにあるというか。手で触って形作れたらいいのにって。
でも今は、ガラスでそれができないことが逆に惹かれる部分でもあるのかなと感じています。息を入れるだけで膨らむこと自体もなんだか面白いし、なかなか思い通りにならないからこそ飽きずにやれているのかもなって。
——不透明なガラスから透明なガラスの作品に変化したことでも、気づくことが多かったのではないでしょうか。
小林:そうですね。例えば、新芽の季節のお茶には産毛が入っていることもあるのですが、その産毛は陶芸だと黒い器で、しかも上から覗くなどの条件付きでやっと気付けるんです。でもガラスは光を透過するので産毛が分かりやすく、側面からも漂う様子が見える。一緒にお茶を習っている陶芸家の方が「新茶の時期になるとガラスに嫉妬する」と話されていて、ガラスでしか見れない景色があることにも気づきました。それまでの私たちには、そういう感覚はなかったんです。透けていて形になると劣化しにくいし変色もしない。そんな素材はガラスだけじゃないかなって考えると、よりガラスを素材に制作することが面白く感じられるんです。
今の世の中、忙しくて景色をゆっくり眺めることもなかなかできないかもしれませんが、時にはお水一杯、お茶一杯でも飲むために座っていただき、私たちのガラスを通して向こう側の景色や光の変化に気づいたり、季節を感じてもらえたらうれしいですね。
ガラスによって世界が広がり、人と繋がれる喜びを得たお二人。ガラスを通して様々な景色を見せてもらえることは、まるで旅をしているよう。それは自分たちのガラスを手に取ってくださる方々のおかげであり、その気持ちをいちばん大切にこれからも制作していきたいと取材後に話してくれました。そんな思いで作られた道具をご紹介できることを私も嬉しく思います。多くの方のもとへ伝えていけますように。


小林裕之・希 個展
2022年 12月17日(土)〜 12月24日(土)
12:00-18:00
会期中休 : 20日(火)、21日(水)
17日(土)11:00-14:00
予約優先制
14:00-以降フリー入店
小林希さん在店予定
会場:器とギャラリー・ヨリフネ
神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101