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【前編】

​聞き手 ヨリフネ・船寄真利

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2年前の秋、一冊の織物に関する本を手にしました。布ができあがるまでの果てしない工程を、糸を紡ぐ人、染める人、織る人、いろいろな角度からそれぞれの人生と共に追った物語。当たり前に目の前にある織物が、たくさんの工程を経て形になっていること、そこに作り手の人生が関わっていること、それらを実感してグッときました。

​そこで紹介されていたのは何百万円もするような高価なもので、到底買えるわけはなかったけど、それでも価値を感じて欲しいと思ってしまいました。私もお店を運営する中で、心を打つようなこういった伝え方ができたら。そう思いました。

ちょうどその頃、山口ミスズさんのストールを知りました。そのシンプルで端正な格好良さに惹かれ、急いで展示会へ。お店の方に見せていただいた6年ほど使われたストールは、使うことで柔らかくなっていくそうで風合いが変わっていました。自分の使い方でそれぞれの個性が出ることも、普段お店で扱うことの多い焼き物のようで面白く、それが大きな魅力でした。

一連の流れから導かれるように、私は強く、このストールと作り手である山口さんのことを伝えるべきだ、そう思いました(頼まれてもいないのに)。その経緯から今回の展示に伴い、山口さんの作業場へ伺い、インタビューを行わせていただきました。

 

 

取材・文・編集:船寄洋之

写真:Shinya Fukuda

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趣味からはじまった、思いがけない道

——まずは、山口さんがなぜ今のお仕事に至ったのか、それを教えてもらいたいなと思っています。もともと今とは違う職業をされていたんですよね。

山口:そうなんです。私は30歳まで福祉関係の仕事をしていました。深夜まで仕事をすることも多く、家に帰っても携帯が鳴るような生活。すごく大きな学びはあったのだけれど、体調を崩したことで少し休もうと思いました。瑞々しいはずの20代は全て仕事に費やして過ぎていったから、旅行もできなかったし、友達とも遊びに行かなかったし、本も読めなかった。そういう生活に区切りを付けた時に、単純なんですけど、何か趣味を作りたいなと思いました。

それで、何気なくカルチャースクールの広告を見ていたら「手織りと糸紡ぎ講座」と「津軽こぎん刺し講座」に目が止まりました。そういえば一人でコツコツ何かを作ることが好きだったよなと思い出して、迷ったんですけど、手織りと糸紡ぎ講座に申し込みました。それが今の仕事の始まりですね。

 

——もしかしたら、こぎん刺し作家になっていたかもしれなかったんですね(笑)。

 

山口:「あの時、こぎん刺しを選んでいたら……」って想像することもあります。でも、手織りと糸紡ぎがピンときたんでしょうね。

——「一人でコツコツ作ることが好きだった」ということは、小さい頃から何か作られていたんですか?

山口:いやいや、小学生の時に家庭科で使う道具にときめいて、手芸クラブに入ったりする程度でした。本当に些細なことだけど、黙々と何かをすることは好きで。とにかく、一人でいることが好きな子どもでしたから。

——そうだったんですね。実際に手織りと糸紡ぎを体験してどうでしたか。

山口:通ったのは2年くらいだったけど、手織りが本当に面白くて自分にピッタリだと思いました。講座では裂き織りの草履やマフラー、ベストもつくったのですが、とにかくものをつくるという過程にハマりました。私は「白い画用紙に自由に絵を描いてください」と言われると困ってしまう性格なので、先生に「この縦糸をこういう風にかけてください」とか「それを上、下、上、下とどんどん織ってください」とか「そこに好きな色をちょっと入れてみましょう」とか、そうやって少し枠をもらえるスタイルが自分に合っているんだと感じました。

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——「自由に絵を描くのが苦手」ってすごくわかります。私もある程度は枠がほしい人間なので、枠を必要としない人にすごく憧れます。なかには「このお題で、なんでその発想ができるんだろう」って作り手さんもいて、「その面では一生かなわないな」と思ってしまいます。カルチャースクールに通われた後は、お一人で作品をつくられるようになったんですか。

山口:いえ、それからはカルチャースクールの先生の工房に移りました。基礎的な織機の動かし方などを教えてもらい、あとは独学でどんどん制作をしていました。ただ、織物ってやろうと思えば思うほど色んな道具が必要になるから、どうしてもお金がかかるという宿命があるんです(笑)。仕事でもないものに、そんなに大きな金額はかけられなかったので2年くらい工房でお世話になり、その後は、単発で織機の仕方などを習いに行ったりしていました。

 

——工房に入られたけど、当時は織物を仕事にしようとは思われていなかったんですね。

山口:全く思ってなかったです。「やってみたい」って気持ちで始めて、主人がその背中を押してくれていたから、やれているようなものでした。その頃は、今みたいにSNSで簡単に発信できる時代でもなく、自分の足で知り合いを広げていくような時代でもあったから、趣味程度でつくる私の作品が仕事にできるとは考えもしませんでした。

 

仕事になるひとつのきっかけは、2009年の「クラフトフェアまつもと」でした。少しだけ作品を置かせてもらっているお店の方に教えてもらったんです。世界を広げてみたいなと思って応募したら選考に通って、それが大きかったですね。当時は今みたいにインターネットの情報が豊富ではなかったから、全国からたくさんのお店の方が松本まで来られて、すごく活気のある時代でした。

——クラフトフェアまつもとって、200以上の作家さんが集まるクラフト界でもすごく有名なイベントだから、それはいきなりの大舞台ですね。

山口:なにしろ100点くらいつくらなきゃいけないのに、まだ引き出しも少ないから、強引につくり上げた記憶がありますね。当時は「これだったら大丈夫じゃないか」とか「自分っぽさってこんな感じかな」とか、「どう見られるか」という意識で制作していたように思います。全体的に白っぽい感じで、リネンのカバンやコースター、マットやストールを出しました。大反響というわけでなかったんですけど、声を掛けて下さったお店の方もいて、そこから少しずつ織ることが仕事になっていきました。

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中心は、自らの感覚や惹かれる世界に

——趣味が欲しいという思いから始まった手織りは、クラフトフェアまつもとをきっかけに、少しずつ仕事に繋がったわけですね。

 

山口:でも、その翌年の松本クラフトフェアに出た時には出産を控えていたので、出たいと思っていた千葉の野外展覧会にも出られず、結局は活動が広げられなくて。ただ、その思いとは裏腹に、「やっつけみたいなものではなく、これからは自分のオリジナリティーを見つけていきたいな」と考える自分もいたんです。そのタイミングで活動が広がらずに、そうやって考えたり試したりすることができたから、すごくいい時間になったと思います。息子を出産して、東日本大震災もあって。より色んなものを見つめ直す時間になりましたね。

 

それから数年後に千葉の野外展にもう一度応募をして出展しました。しばらく時間があったおかげでこの頃くらいから、自分の着地点はまだ見えてないけれど、今の作風になってきたように感じています。それ以降は、クラフトフェアなどで繋がったお店の方にお声掛けをいただくことも増えていき、年に一度だけ展示をやっていました。

 

——立ち止まる時間があり、少しずつのペースで活動するようになったからこそ、今の作品があるんですね。その見つめ直す時間は、山口さんの作品にどんな変化を与えてくれたのでしょうか。

 

山口:ずっと、手を掛けているものを見ると「すごいな」って思って焦ってしまう自分がいたんです。例えば、工房の人たちの作品を見て「これ紡いでいるんだ」とか「自分で糸を染めているんだ」とか。そういう技術的に手を掛けているものに感化されて、「私も紡がなきゃいけない」とか「染めなきゃいけない」って思ってしまう。そこには色んな発見があったり、ワクワク感もあったりするんだけど、いざ、作り上げると「うーん、これ私は使わないよな」と思うこともあり、「なんとなく私の世界観じゃないな」っていうジレンマが生まれて。それが結構な時間、続いていました。

そんな流れの中で、自分のオリジナリティーを考えるようになり、色も形も質感も「できるだけ削ぎ落とされたものを作りたい」と思うようになりました。それは自分の使いたいものでもあったんです。その過程で、紡ぐことや染めることから距離を置くようになりました。

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山口:でも同時に、そんな自分にどこかで後ろめたさも感じている自分もいて。数年前、関西のクラフトイベントに出展したんですが、また同じように感じてしまいました。そこでは丹波布を勉強された方の手紡ぎ、草木染の織物が展示されていて「なんて力強いんだ」って圧倒されました。手を掛けることへの説得力を感じたんだと思います。反面、「私はただ紡績された糸で織っているだけなんだよな……」と自信のなさが顔を出してしまった。「私はこれでいいんだ」と思っているはずなのに、他の作家に影響されて迷ってしまう。

——すごく分かります。自分の世界観に迷いがあるからこそ、周りに影響されてしまうというか。

山口:そうなんです。でも、その関西のイベントの交流会で実行委員の方とお話をした時に、私が「手を掛けてつくられたものを見ると、自信がなくなるんです」と伝えたら、「結局は自分が何に惹かれるかが大切じゃないのかな」と言っていただけて。その方は「自分は紡ぐ動作に惹かれているのか、紡いだ結果生まれるものに惹かれるのか、それとも紡ぐ素材に惹かれるのか。それを自覚して、その自分の核となるものを一番大事にやっていくことが重要だと思う」と。そして「作家は生ものだから、時として変わっていくもの。その都度、自分の核を点検し続けることが作家たるものなんじゃないかな」と話されて、すごく感銘を受けました。

そうか。自分が惹かれるものを一番大切にして、紡ぐことや、染めることは“取り入れる”という発想で考えたらいいんだと。今までは手を掛けることが、作家の中心的な要素だと考えがちだったんだけど、その中心を、自分の感覚や自分の好きな世界にすることで、「少し気になる紡ぎをどう取り入れられるかな」という発想に変わりました。それに気が付けたことで、その後は迷いが少なくなったし、そのおかげでだんだんと自分が思い描く作風に近づいていきました。 

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山口ミスズ

 

1974   埼玉県生まれ

          大学卒業後、精神保健福祉士として働く

2005   退職後、染織を始める

山口さんのHP

http://yamaguchi-misuzu.com

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​​山口ミスズ 個展

2020年 12月12日(土)〜 12月27日(日)

※日程が変更になりました

12:00-18:00


会期中休 : 12月15日(火),21日(月),25日(金)

12月20日(日)のみ13:00-18:00

12月12日(土)12:00-15:00のみ予約優先制

作家在廊 : 12月13日(日)予定

 

会場:器とギャラリー・ヨリフネ

神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101

展示会詳細はこちら

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