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【後編】

​聞き手 ヨリフネ・船寄真利

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山口さんは「自分の作品は手仕事とプロダクトの間の質感」と話されていたことがありました。私が惹かれる作り手は自身の作品を「手仕事ではあるけれど、プロダクトデザインに近いものがある」と話されていることも多いので、山口さんに惹かれた理由がなんとなくわかった気がしました。

 

でも、その表現の仕方や特徴、考えていることはさまざま。後編では山口さんの作品の特徴について、またそこに大きく関係する内面について、伺いました。

取材・文・編集:船寄洋之

写真:Shinya Fukuda

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ものが生まれることは習慣

——山口さんは数年前のクラフトフェアでの会話がきっかけで「だんだんと自分が思い描く作風に近づいてきた」と話されました。気持ちと表現が一致してきたということだと思うのですが、ご自身の作品を通して何を表現したいと思われていますか。

山口:昔はいつも「自分から湧き上がる表現って何かな?」と考えていたけど、最近は「作品を通して表現したいことはないかもしれない」と思うようになりました。私の作品は、自分の中から湧き上がるものではなくて、ただの習慣で生まれている。少し言葉が雑かもしれないけど、本当に習慣なんですよね。織機に座ることが自然で、当たり前のように織り、その反復動作を延々と続けている。それ以上に何かあるのかなって思っちゃうんです。

 

ただ、その習慣で私が支えられているのは確かです。これは絶対に。息子が生まれた時もそうだったし、震災の時もそう、今回のコロナの時期もそうだけど、ここ何年かを振り返っても、その反復する時間、その習慣に自分は支えられているのだと。

——習慣ってすごくいい言葉ですね。それは何がきっかけで気付かれたんですか。

山口:息子が生まれたことがひとつの大きなきっかけだった気がします。それまでは24時間ずっと好きなように制作していたものが、一気にバタバタした生活に変化してできなくなって。でも、そんな生活であっても少しだけでもいいからと日に1、2時間くらいは織機に向かう自分がいました。淡々と織っていると、その時間に救われるというか。子どもが昼寝したら、急いで織機に向かう。そこは別世界のように静かで、子供と動く中でざわついた心も静まるんです。「そうか、私は静かな時間に魅了されているんだ」と気がつきました。

 

私が作品に大きな柄を入れたいとか、強い色を入れようとか、ちょっと凝った形にしたいとか全く思わないのは、そうやって静かな時間からできあがるからなのかなって。ただ好きなものだから、自分が使いたいものだからだけではなく。だからこういう作品ができるんだと一本の線で繋がったんです。

——そうやって意識が変化しながら、今の作風になっていったと。

山口:「自分から湧き上がるものは」という意識ではなくて、ただ静かな時間に魅了されながら、私のかたちになっていくんだ。そう思えたことがすごくうれしかった。その頃は、形にするまでの過程にはまだ迷いがありました。でも「自分がなぜ織るのか」、その根幹はつかめたように感じました。そこから何年か経ち、静かな時間は当たり前のものになって。今ではものが生まれることは習慣であり、それ以上でもそれ以下でもないという感覚が強くなりました。

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——以前、ヨリフネで展示会をお願いした作家の大谷哲也さんは「器をつくることは、息をするようなものだ」と言われていました。山口さんも息をするように、織機に向かうことが生活の一部になっているので、同じなんだろうなって。そうやってご自身が生み出すものには、どんな特徴があると思いますか。

山口布を使う方から「経年変化がいい」「布の変化に愛着が湧く」という話を聞くようになりました。私はただ好きなものを形にしていただけ。意図した訳ではなかったけど、質感を削ぎ落とす制作が結果的に変化の余地を残した布になったんだと思います。同じ布でも使う方の接し方で変化の仕方が変わる。器のようだと言われました。使い手の方から自分の作るものが「育つ布」なのだと教えられて、それが今では大きな特徴になりました。

でも、私の中では使い手の世界に大きく足を踏み入れたいとは思いません。牧場に羊がいて、糸を紡績する人がいて、布を織る私がいる。それをお店に並べてくれる方がいて、その先に使い手がいる。私は長い流れの一部にいるという感覚が強い。それぞれに物語があって、自分の発するものが全てではないと感じています。以前「どんな方に使ってもらいたい?」って質問をもらったこともあったけど、あまり考えたことがありません。

——潔いですね。ただ、そうであれば、山口さんが作品を世に出す理由って、どこにあるのでしょうか。

山口自分の生活や自分の感覚、自分の考えから生まれた作品を通して相手から感想や思いが返ってくる体験はすごくうれしいです。使い手の方から数年使った布を「愛おしい」と見せられると、「役に立てているんだな」と私まであたたかい気持ちになる。そのために織っているわけではないけど、そういう色んなうれしさがあるから、世に出したいと思っている気がします。自分の中だけの狭い世界での制作、その淡々とした時間が、結果として人から認めてもらえることで、社会の流れの中で意味を持てる。私の布を形づくってもらえているように思います。

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好き、を見つめ続ける

——これまで、さまざまな作品を作ってきたと話されていましたが、今はストールに限られていますよね。

山口:色んなものを一生懸命に考えて作っていたけど、自分が使いたいものとはそんなに思えなかったり、使う習慣がなかったり。そうしているうちに、ストールだけに絞られていきました。単純にストールとかマフラーは大好きで、形はシンプル、色も無彩色の物が好きです。「好き」って感覚は言葉にすると陳腐な二文字で、簡単に使われてしまっているんだけど、なかなか侮れないと思っています。

 

ものづくりをすると、「何を考えているのか」とか「何を感じているのか」って穴が空くほど一生懸命に自分を見つめます。その時、いかに自分が周りに合わせて手を動かしていたのかと考えさせられたことがありました。自分の正直な思いをしっかりと見ていかないと、手を動かすときにブレが出てくるというか。それをなくすことは一見難しいことのようだけど、その根底にあるのは単純に「好き」という気持ちを大事にすることだと気がつきました。だから、やっぱり好きって大切なんですよね。

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——もしかしたら、さらに「好き」を見つめ続けると、また別の作品も生まれるのでしょうか。

山口:うーん……今後も変わらないんじゃないかな(笑)。好きなものって生まれて40年以上も変わっていないし、そんなに簡単に変わるものだとも思えないですからね。いきなり「ショッキングピンクが好きになりました」とか、そういうのもなさそうだから(笑)、変わらないのかな。

——最近、「変わらないことも、いいな」と思っていたので、その言葉がすごく響きます。私の話になるんですけど、最近、大体の一日のスケジュールって決まっているんです。18時にお店が終わり、家に帰って18時半くらいにお風呂入り、19時くらいにはご飯を食べて。そのあとに映画を観るか、知らない間に寝ちゃうみたいな、だいたいその流れで。大きなことは起こらないけれど、すごく満たされている。その変わらない繰り返しの暮らしが心地よくて幸せに感じるんです。変わらないことのよさが、今の自分だからこそ、よりわかるような気がします。

山口:私もまさにそんな暮らしをしていますね。朝、息子と主人を見送って、織機に向かう。夕方には息子が学校から帰ってきて、主人も仕事から帰ってきてご飯を一緒に食べて。本当に同じ暮らしの繰り返し。その中で、織ることが生活の一部になっていて、それがやっぱり私の習慣なんですよね。もし、それがなくなったら本当に困ってしまう。コツコツと取り組みながら、自分の好きな世界をつくって、それを通していろんな人と繋がれる。その淡々としたサイクルが当たり前のように続いていってほしいなと思っています。

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山口ミスズ

 

1974   埼玉県生まれ

          大学卒業後、精神保健福祉士として働く

2005   退職後、染織を始める

山口さんのHP

http://yamaguchi-misuzu.com

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​​山口ミスズ 個展

2020年 12月12日(土)〜 12月27日(日)

※日程が変更になりました

12:00-18:00


会期中休 : 12月15日(火),21日(月),25日(金)

12月20日(日)のみ13:00-18:00

12月12日(土)12:00-15:00のみ予約優先制

作家在廊 : 12月13日(日)予定

会場:器とギャラリー・ヨリフネ

神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101

展示会詳細はこちら

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